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2007年1月

2007年1月30日 (火)

コンサート情報更新

コンサート情報更新しました。

2月5日(月) THE WIND WAVE」のライヴです。バリトンサックスで参加させて頂きます。

2月16日(金)アイリッシュライヴ。いつものユーラシアンというお店でのライヴです。20時スタート。

頑張るぞ~。

今日は11日に小山台で行われる「中学生のための吹奏楽講習会」で最後にコンサートをやるのですが、それの合わせ。サックストリオで色んな曲をやりました。生徒の皆さんお楽しみに~♪

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2007年1月25日 (木)

オケ本番

昨日は渋谷のC.C.Lemonホール(旧渋谷公会堂)にて株式会社フォンタナフィルハーモニー交響楽団のエキストラとしてラプソディー・イン・ブルーを演奏してきました。

サックスはバンドジャーナルのワンポイントレッスンでもおなじみ西本淳さん、そしてご存知國末くんです。

Fontana_2   

Kunisuekoyama

Nishimotokoyama

C.C.Lemon飲んでみました。

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2007年1月24日 (水)

父の死

本当に信じられない事が起こった。

父が死んだ。

亡くなる前日まで僕は小諸にいたので、元気な父を見て何の気にもとめなかった。

くも膜下出血。

1月17日、朝目覚めて姉から電話があり、「お父さんが倒れた」と知らされた。耳を疑い動揺した。悪い夢を見ているようだった。すぐに家を出て実家に向かった。

新宿に着いて再び姉に電話した。

「お父さん亡くなっちゃった」

・・・

時間が止まったように呆然としてしまった。

意味がわからない。昨日までピンピンしていた父が死ぬなんてありえない。ありえない。

そこから小諸に着くまで何が起こったのかわからない位、時間が過ぎていった。家に近づくにつれて「帰りたくない」と思う自分がいた。これが本当だったら納得いかない。

でも本当だった。父は静かに寝ていた。いつもうるさいいびきをしていたのに静か過ぎた。全く信じられない。頬を叩き「おい!」と声をかけるが虚しい。

父は自由人だった。

最後まで自由気まま過ぎる。急過ぎだろ。

このブログを毎日チェックしていた父の為にもこの事を書かなくてはと思い、悲しいけれど書く事にしました。きっと天国でチェックしている事を信じて。

父はクラシックギタリストでした。演奏活動からは身を引いた人だったけど、ギター界の巨匠、セゴビアを尊敬し、本物を追及し、ギターそして音楽を愛していました。

若い頃はコンクールで賞を取ったり、リサイタルやったりと演奏活動もしていたみたいだけど僕はその頃の父を知らない。何年か前に昔の父の演奏の録音を見つけ聴いたら何気に感動した。その音楽に「心」を感じたのを今でも覚えている。温かいのです。

それ以来うっとおしかった父を少し尊敬するようになった。

演奏家の人生を捨て、家族をとった父は音楽の厳しさをかなり知っていたのだろう。僕が音楽の道を志そうとした時、父は理由を言わず本気で反対した。僕は土下座して、「一生食いっぱくれでも良いから音楽やりたい!」と泣いて頼み込んだ。

今考えれば、ただ単に音楽の世界は厳しいという事だけではなく、その位音楽を大事にして深く演奏していく気がなきゃ音楽なんてやるなと言うことだったのかもしれない。

大学に入ってからはコンサートがある度足を運んでくれた。

大学2年時に、あるオーディションを受ける時初めて「頑張れ!」と電話で言ってくれたのを覚えている。嬉しかった。でも「頑張れ」というセリフはそれが最初で最後だった。

その後はノナカ・サクソフォンコンクールに入賞した時、「たいしたもんだ!」と言ってくれたが、認められた気はしなかった。

父は僕の演奏を聴く度、何らかの意見を残していった。

「音が汚い、下品だ」などという感じで。

本当に悔しかったし、イラついたが図星だったし、例の昔の父の演奏を聞いていたから文句は言えなかった。

亡くなる3日前、テノール歌手の秋川雅史さんの記事が朝日新聞に載っていたのを、「これ見ろ!」と言われ読んでみると、秋川さんも親に音楽の道は厳しいから反対し続けられていて、CDデビューをしてからもしばらく歌い方について「こうした方が良い」など言われたようですが、最近突然言われなくなり、全て誉めるようになったらしいのです。今では11団体のコーラス指導をしているという秋川さんのお父さん。「息子が活躍していると思って、その姿に挑発されて負けじと張り合っているのでしょうね。」と秋川さん。

読み終わると、父は「これだよなー!」と笑いながらウイスキーを片手に自分の部屋に行った。

僕はそれを読んだその時は、「なんだ??」と思いましたが、亡くなった父の顔を見た瞬間それをふと思い出して、その記事を読み返した。

もしかして父の中で僕を認めてたのか??それは謎のままだ。

父が亡くなる2日前、僕が持ってきたカザルスのCDを父は聴いていた。

「これは素晴らしい。涙が出る。」

そう言っていたのが印象的だった。「じゃあ、これあげるよ」と、そのCDをプレゼントしたばかりであった。嬉しそうにウイスキー片手に自分の部屋に行きそのCDを聴いていた。

告別式の時に流したのはそのCDの最後の曲、「鳥の歌」。セゴビアの録音にしようと思ったが、なぜかこれを僕が選んだ。あまりにも悲しすぎるこの曲で我慢していた涙が溢れた。祭壇になぜ父の写真があるのかまだわからなかった。

今だ受け入れる事の出来ない事実で、夢なら覚めてほしい。

父の戒名の中に偶然にも「弦」という字が入っていた。

そして父が死んだ日は僕の27歳の誕生日だった。

きっとこれは何か父からのメッセージではないかと思う。僕はこれからも沢山音楽をして、父に「涙が出る」と言ってもらえるように音楽を追求していきたいと思いました。

今僕が音楽をしているのは特別な事ではなく、小さい頃から身近なものだったから自然な事なのですが、これは父が残してくれた唯一の財産なのだと思います。

これからも音楽を大切にして行きたいと思います。

でもまだ悪い夢を見ている気持ちだ。

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2007年1月16日 (火)

シルクホームページ

サクソフォーン五重奏団「QUINTET・CIRC」の公式ホームページが完成しました。

こちらをクリック→

是非是非遊びにいらして下さい!

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2007年1月15日 (月)

鑑賞猫

鑑賞猫

最後にラジカセ(懐かしい!!)の上で猫が鑑賞しております。
流れている音楽はカザルスのホワイトハウスでのライヴCD。

なかなか高貴な御趣味で。。。

CDかけたら、ラジカセの上で良い具合いに構え、鑑賞し始めたんです。
決して寝てるわけではないのです。半目でしたから。

きっと彼は聞いているのです。カザルスのチェロを!

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レッスン

レッスン

さてさて本題レッスンです。
日曜日は、午前中個人レッスンをし、午後はカルテットレッスンをしました。後輩たちは真面目に取り組んで、この2日間でレベルアップしました。休憩なしでみっちりやったので、ぐったり。月曜は放課後レッスン。日曜日にやった事をさらに細かく。
すぐに対応は難しいかもしれないけれど、是非丁寧に練習して慣れていき、良い演奏してほしいな。伸び伸びと小諸高校らしく♪
写真は過酷な練習後にもかかわらず、笑顔で答えてくれた可愛い生徒たち。
う〜ん…卒業してから10年近く経つのか。はやいなぁ。
青春ですなぁ。部活。

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一方彼女は

一方彼女は

家でまったりです。
こちらもめでたい奴です。

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我が家の猫は

我が家の猫は

雪の積もった庭のベンチでひなたぼっこ。
いや〜平和♪

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小諸に

小諸に

13日より雪景色小諸に帰っていました。小諸高校吹奏楽部のレッスンのため。

小諸はさむかった…。

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2007年1月11日 (木)

練習日

今日は久々に集中して練習をしました。

スケールを丁寧に行うだけで、だいぶ頭と耳を使います。音質の統一をかなり気にして行います。疲れる…。でもこのトレーニングはかなり効果的で、調子を整えるのにもってこいです。

最近音を聴くポイントが変わってきた気がします。どこがどう変わったのかはまだ上手く言えないのですが。

そして、最近僕が良く聞く言葉

「この音はどこに向かって行くのか」

なんだかこの言葉に反応してしまうのです。

音楽全体の構成をしっかり捕らえて演奏するには、「楽器を吹く」という事とは別に、その曲を分析しなければならない。それは経験でパッとわかる時もあれば、楽譜を見て頭を抱える事もある。合わせをしていて発見する事もある。なにせ作曲者のからくりを見つけた時は気持ち良い!

自分が演奏する曲位はせめて知っていないと、伝わる物も伝わらないですよね…。もちろん2回目に演奏する時、新たに発見するかもしれませんが。「楽器を吹く」という事だけにならないように気をつけないとなぁ。テクニックは理想の音楽に近づくための手段で、それ自体が目的ではない。

でもそのテクニックを身につけるのがすごく大変なんだよなぁ。

ハマっちゃうとなかなか抜け出せない。そればっかり気にしちゃって、気にする事を止める事も出来ない。学生の頃はそればっかりで「楽器を吹く」事すら苦痛でした。もしかしてその先の「音楽をする」という事ばかり先走っていたのかもしれない。

桐朋にいた頃はサックスが少なかったせいもあるが(1年生の頃は6人いたが、最終的には同級生と僕の2人になってしまい、後輩出来ないまま卒業…)、他の楽器からの影響が非常に強かった。サックスという楽器がまだ認知されていない時代にタイムスリップしたかのような、そんな環境だったのかもしれない。大学に入ってから、モーツァルトやベートーヴェンも好きになったし、何より色んな作曲家を知り、色んな作品を知っていった。もちろんサックス専攻だったからサックスの曲もどんどん知っていったが、それに関しては昭和に行ってからの方が多かった。

サックス吹きがすごく珍しい環境。

「金管は金管ロビーに行って練習してください!」なんて言われた事もある。事務の方に。。。

「木管ですが何か??」と半ギレで言い返した記憶があります(苦笑)

それを機に「絶対木管の音出してやる!」と思ったのもその時からでした。何かにつけ「サックスだからね…」といわれ、遅い思春期のように反抗心の塊でした。毎日廊下でさらい続け、周りにはうるさがられ、一向に自分のテクニックの問題は解決されず、でも「サックスっていいね!」ってたまに言ってもらえたり・・・。

まあそんな環境の中4年間いたのですが、「サックスは最高の楽器だなぁ」という意識も強くなりつつ、様々な授業で様々な音楽の事を学んで行った。そんなにというか全然アナリーゼ(楽曲分析)は苦手分野なのだが、楽曲のからくりが解かれていく説明を聞いていくと、すんごく面白くて、自分で演奏する曲は、わかる範囲でアナリーゼをするようになっていった。まぁ、割りと直感ですが、前後のつじつまが合ったりすると「よし!」と自分を誉めてやります(笑)

そういう頭で考えるアカデミックな刺激が多い桐朋での4年間に比べ、昭和での2年間は、むしろサックスという楽器にカルチャーショックを受けました。

「これがサックスかー!」みたいな。僕は今まで何やってたの?みたいな。

こんなに音色に気を使うものなのか!?というくらいみんな繊細で、かなりの刺激を受けました。初めてここでテクニックを身につけ始めた気がしました。口の中はどうだとか、舌の位置はどうだとか、マウスピースの深さはどうだとか・・・なんだかこんな会話に感動したのも覚えています。

そんなわけで僕はきっと音楽に先走り「サックスを吹く」という事がおろそかになっていたのだと思う。順番はごちゃごちゃだが、卒業してようやく整理できてきて良かった。

伝える手段(楽器を吹くこと)が出来なきゃ、音楽伝えられないって事、わかっているようでわからなかったんだなぁ。

その後ハバネラやヴァンソン氏のレッスンを受けもっとすっきりし、今ようやく音楽とテクニックの両方の面で練習する思考回路になれた気がする。

しかしながら…高校の頃から武藤先生のレッスンで言われてきた事が卒業してからようやくわかってきた。。というかハバネラのクリスチャンの言った事を理解した時、武藤先生の言った事と同じだと感じる事が多々あった。大学生の頃なぜもっと理解する力が無かったのか悔やまれるが、まぁ今分かっただけ良い事にしよう。

楽器を吹くことは体育系。音楽をすることは文科系。

これ合体したら芸術になるかも。バランス良く行きたいものです。あぁどっちも大事という結論に至りました。今日はそんな事を再確認した練習日でした。

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2007年1月 9日 (火)

決定!!

本日決定致しました。

3年ぶり2度目となりますソロリサイタル。

今回も長野市にある長野市若里市民文化ホールにて開催です。

期日は2007年10月5日(金)19時開演です。

前回のデビューリサイタルから3年。色々ありました。フランス(ポワチエ)でのハバネラ・アカデミー、パリでの講習会、コンクールやオーケストラの参加等沢山経験をしてきました。この経験の成果を今年は発表してみようと思い、第2回の開催を企画しました。

3年前とは使用楽器も違いますし、ネックもマウスピースもリガチャーもリードの番号もガラッと変わっています。こりゃ自分でもびっくりです。

ちなみに3年前は

アルトサックス。( )はソプラノサックス

本体/セルマーシリーズ2GP (セルマーシリーズ3GL)

MP/バンドーレンA17 (バンドーレンS15)

リガチャー/BG トラディッショナル【金メッキ】  (アルトと同様)

リード/バンドーレン トラディッショナル3  (アルトと同様)

それが

本体/セルマーシリーズ3GP (アルトと同様)

ネック/ソリッドシルバー (ゴールドプレート)

MP/セルマーS90 170 (アルトと同様)

リガチャー/ハリソン【復刻版】 (アルトと同様)

リード/バンドーレン トラディッショナル3 1/2 (アルトと同様)

と変わっています。この替え様は一体・・・。一つも同じ物がない。。僕の中で何かが変わったのでしょうか。。。

会場の若里ホールはとても雰囲気が良くお気に入りのホールです。

まだまだ詳細は未定ですが、意味深いコンサートになるよう構想を練っていきますので、頭の片隅にでも「10月5日は小山の日」と思っていただければ幸せです。

詳細が決まり次第このblogでもご案内致します。

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新年会

今日は日本サクソフォーン協会の運営委員会のあと協会の新年会がありました。普段なかなか飲めないメンツだったので、とても貴重な会でした。会長の石渡先生をはじめ副会長の須田先生や冨岡先生、小串先生などサクソフォーン界の重鎮の先生方の色々な話を聞くことが出来、有意義な時間を過ごせました。
日本で初めて音大のサックス科の生徒になった石渡先生のお話はとても興味深かったです。新品の楽器なんて手に入らなかった時代だったそうです。
今は物に困る事がない時代。指導して下さる素晴らしい先生は沢山いて、ヒントも沢山得られる。勝手に耳に入ってくるくらい、情報が入ってくる。だからこそレベルは上がってきているのだが、自分から貪欲に学ぼうとするモチベーションについて、諸先生方のパワーは半端じゃなかったと思う。だからこそ今の日本のサクソフォーンの発展があったのだと思います。
感謝と同時に良い刺激になりました。色々感じながら今年も少しでも前進出来るよう頑張ろう。

先生方はやはり偉大です。

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2007年1月 3日 (水)

明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます

2007年になり早くも3日が経ってしまいました。明けましておめでとうございます。
いつもblogを読んで頂きありがとうございます。
只今実家でゆっくりしております。さすがに長野はさむいなぁ。雪は降っていないのですが、この寒々とした庭が物語っています…。

まぁそれは良いとして、今年は猪年ですねぇ。ここで猪の思ひ出話を1つ。

それは中一の夏、友人とマウンテンバイクに乗り、高峰高原目指して山道を登っていた時の事。
5〜6キロほど走った所で友人のタイヤがパンク。せっかくもうすぐ頂上なので頑張って登る事に。
「ボコボコボコボコボコ」

空気の抜けたタイヤの音。

また登る。

「ボコボコボコボコボコ」

タイヤから空気が完全に抜けた感じ。

「ボコズコボコズコボコ」
?!

同じような音が後ろから…。

?!

イノシシだ!!

必死でとったまず第一の行動はベルを「チリンチリン」と鳴らし威嚇。

しょぼい!しょぼ過ぎる!!

奇跡的に興奮状態のイノシシが止まった。

僕らは即下山。帰りは下り坂なのでパンクしていようが関係ない。人生1番の爆走である。
おかげでブレーキを「ブチン!」と破壊。


漫画のような話ですが実話です。


今年も「生きてるね〜!」と思えるよう、充実感たっぷりの1年になるよう頑張ります。

今年もよろしく申し上げます。

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