« QuatuorBドルチェ公演終了! | トップページ | 石巻でした。 »

2016年9月 9日 (金)

新井靖志先生

9月9日、新井靖志先生が旅立った。
早すぎる旅立ち。そんなに早く行かないでよ、先生。

僕は新井門下ではなかったが、思い出は沢山ある。

トルヴェールカルテットの先生方が30代の頃僕は高校生だった。僕の中でのトルヴェールの名盤である「カルメンラプソディ」をリリースした頃、もう本当に狂ったように僕はトルヴェールの追っかけをしていた。


1997年の冬だったか。僕は高校2年生。

御茶ノ水のかつてのカザルスホールでトルヴェールカルテットのコンサートに長野県から後輩を引き連れて行った。サクソフォーンの素晴らしい世界があるのだと。
今からじゃ考えられないが、当時はFacebookやTwitterなどの情報源は皆無。だからこそ何でも新鮮で知らない事が多かった。
そんな中のコンサート。

それはそれは刺激を受けまくり、頭のてっぺんから足の先までビリビリと刺激を受けまくったコンサートでした。

追っかけ隊の小諸組はもちろんトルヴェールの皆様の出待ち。

新井先生と初めてお話する。
「君たちどこから来たの?」

「長野県の小諸市というところです。」

「もしかして小諸高校?」
「はい!」
「来春から僕は教えに行くよ!」

「!!!」


そんなスーパースターがこんな田舎の小諸に来るのかと。耳を疑った20年前の出来事が昨日のように思えます。


そして高3になった僕は普通科だったため、新井先生に会うために授業を抜け出したりして(!)、音楽科のレッスンを覗く日々を送るのでした。

それでも結局3回くらいだだたかなぁ。会えたの。いついらっしゃるか分からなかったから。
そして「教えて下さい!」と言っても僕の師匠に敬意を払って、決して教えてはくれなかった。それは今考えれば素晴らしい振る舞いだった。
「君の師匠は僕ではない」と言わんばかりに。師匠をしっかりと敬えと。

だから新井先生のお弟子さん達はしっかりと【新井弟子】として誇りを持って成長していると思う。



それでも新井先生は僕を気にしてくださり、ご自宅にお食事に呼んでくださった。当時先生32歳。
当時の高校生には簡単に手に入らない沢山の音源をもらったりして。
本当に有難かった。昨日の事のように覚えています。20年も前の事を。



その後大学生になり、卒業し、フリーになり、いつしかシエナのお仕事でご一緒出来た。その後もお食事させて頂いたり、ご自宅に招いて下さったり。

2014年の佐久でやったリサイタルにはいらして下さり、涙を流して「本当に素晴らしかった!色々辛いけど頑張れ!」と僕の状況をわかって抱きしめてくれた。
門下生でないのに、ずっと成長を見続けてくださった先生。

有難かった。


もっと沢山語りたかった。
早いよ先生。


脳出血が原因。僕は父も叔父も脳出血で亡くしています。この病気は急に逝ってしまう。
残された人が気持ちの整理をするのが出来ず、本当に大変な事態になる。

この10年でどれだけの大切な人を亡くしたか。いずれはやってくるこの時は急に来ないでほしい。気持ちがもたないよ。

生きていれば辛い事を経験せざるをえないが、楽しい事が多いから、急な哀しみは心にズッシリとくるのだと思います。


生かされた私達は前を向いていかねばならないと思います。

新井先生はみんなから愛されていました。その内の一人が僕ですが、それは新井先生が僕を愛してくださったからだと思います。



ありがとうございました。感謝してます。






|

« QuatuorBドルチェ公演終了! | トップページ | 石巻でした。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« QuatuorBドルチェ公演終了! | トップページ | 石巻でした。 »